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正しい意味で、分をわきまえる

★今朝は、箴言6章1節5節です。(1)わが子よ、あなたがもし隣り人のために保証人となり、他人のために手をうって誓ったならば、(2)もしあなたのくちびるの言葉によって、わなにかかり、あなたの口の言葉によって捕えられたならば、(3)わが子よ、その時はこうして、おのれを救え、あなたは隣り人の手に陥ったのだから。急いで行って、隣り人にひたすら求めよ。(4)あなたの目を眠らせず、あなたのまぶたを、まどろませず、(5)かもしかが、かりゅうどの手からのがれるように、鳥が鳥を取る者の手からのがれるように、おのれを救え。★これは何を教えているのでしょうか?口語訳に基づいて箴言の中を調べてみますと、次のような言葉に出会います。「他人のために保証をする者は苦しみをうけ、保証をきらう者は安全である(11:15)」。「あなたは人と手を打つ者となってはならない、人の負債の保証をしてはならない(22:26)」そして、角度は異なりますが、このような言葉もあります。「知恵のない人は手をうって、その隣り人の前で保証をする(17:18)」★以上の箴言を下敷きにして考えますと、箴言は、安易な思いで隣人の保証人になることを警告しています。ですから、この1節5節の言葉が勧告しているのは、もし安易な思いで隣人の保証人になってしまったことに気付いたら、すぐに保証人になったことを解除せよ、ということです。★良く考えれば、自分の力に余るのに、隣人のためにと安易に保証することは、究極お互いを滅ぼすことになります。良く考えた上で「ハイ」は「ハイ」、「イイエ」は「イイエ」と答える態度は、聖書的なのです。
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