牧師のページ

一人の人間は数値化できない

★近頃皆さんは「ビッグデータ」という言葉を耳にされると思います。私が持つクレジットカードを例に上げれば、私がクレジットカードを使うたびに、カード会社側には、私が、いつ、どこの店で、何を、いくらで購入したのかというデータが蓄積されてゆきます。すぐに気づかれると思いますが、カード会社側には、発行されたカードの枚数分のデータが、瞬時瞬時、蓄積されてゆきます。この蓄積されたデータの集積が「ビッグデータ」です。★この「ビッグデータ」を利用しない手はありません。クレジットカードの場合、集積されたデータの数が多ければ多いほど、そのデータの中にある種の「傾向」を読みとることが出来るようになります。この「傾向」を利用するのです。実際利用されています。★そして考えたいポイントはここからです。「物事にはプラスの面とマイナスの面がある」と考えることはバランスの取れた思考ですから、人間一人一人の(消費)行動が「ビッグデータ」化されるということが全面的に悪いわけではありません。しかし、人間の(消費)行動が「ビッグデータ」化されることに対して私たちは無関心であってはならないと思います。本質的なことを言えば、人間の(消費)行動が「ビッグデータ」化されるとは、「大変複雑な存在である一人の人間を、単純な数値に置き換えている」ということです。そして「単純な数値に置き換えられた人間」は、簡単に操作の対象となり、いつしか、「操作されやすい存在であること」が重要であり、社会の中で意味のあることだと錯覚するようになります。★人間という存在は、複雑な存在であり、数値化された存在として扱われることを拒絶する存在なのです。

静まって知る

★今朝は詩篇第46篇(口語訳)を全部引用致します。
[01]神はわれらの避け所また力である悩める時のいと近き助けである
[02]このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
[03]たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、
  われらは恐れない。
〔セラ
[04]一つの川がある。その流れは神の都を喜ばせ、いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
[05]神がその中におられるので、都はゆるがない。神は朝はやく、これを助けられる。
[06]もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、
  神がその声を出されると地は溶ける。
[07]万軍の主はわれらと共におられるヤコブの神はわれらの避け所である〔セラ
[08]来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた。
[09]主は地のはてまでも戦いをやめさせ、弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。
[10]静まって、わたしこそ神であることを知れ
  わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる」。
[11]万軍の主はわれらと共におられるヤコブの神はわれらの避け所である〔セラ
★キリスト者は、主イェスにあって、「主なる神様」を「避け所」とすることが出来ます。そして同時に、主イェスにあって「主はわれらと共におられる」という確信を持って良いのです。律法を守るという熱心さの故ではなく、ただ、主イェス・キリストを信じることによってです。恵みの原点です。

しんどくても、御言葉に触れ(聴き)続ける

★思考においても、行動においても、何がしかの行き詰まりに直面した時、キリスト者はどうするのでしょうか?この問いに対しては、一般に語られているように「原点に立ち返る」ことです。もう少し一般的に言えば「前提に立ち返る」となります。★今朝はキリスト者の立ち返る「原点」として次の御言葉を引用します。
[07]われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか。
[08]また、いずれの大いなる国民に、きょう、わたしがあなたがたの前に立てるこのすべての律法のような正しい定めと、おきてとがあるであろうか。
[09]ただあなたはみずから慎み、またあなた自身をよく守りなさい。そして目に見たことを忘れず、生きながらえている間、それらの事をあなたの心から離してはならない。またそれらのことを、あなたの子孫に知らせなければならない。(申命記第4章)
★目には見えませんが、第一に「われわれの神、主は」今自分の置かれている場所のすぐ「近く」にいてくださいます。このことを、受け入れることです。第二に、キリスト者には行動指針としての「律法」即ち「正しい定めと、おきてとがある」のです。行き詰まりに直面した時、私たちは、当たり前のように「聞く耳と読む目を使わなくなります」。何も聞く気がなくなり、何も読む気がしなくなるのです。結果的に「近くにいてくださって、語りかけてくださっている主の御声を聞けなくなります」。「自分自身をよく守る」とは、恐らく、しんどくても御言葉に触れ(聴き)続けることです。
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