December 2016
すべての人々に何もかもはできなくとも、誰かに何かはできる(ボブ・ピアス)
25/12/16 00:00

マリアの信仰のための備え
18/12/16 00:00

[31]見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。
[34]そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。
[35](省略)。
[36]あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。
[37]神には、なんでもできないことはありません」。
[38]そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
★マリアが「どうして、そんな事があり得ましょうか」と「不可能性」を問いかけた時、御使いはマリアの知る事実を提示します。それが「あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています」という事実です。御使いはこの事実に「神には、なんでもできないことはありません」との言葉を添えました。★大胆に言えば、マリアの信仰のためにエリサベツの妊娠という備えが置かれていたのです。このことを広く適用すれば、私たちの信仰が支えられるためにも、主なる神様が身近に何かを備えていてくださると期待できます。主イェスの提示は、野の花や空の鳥でしたが‥。
憲法と一般の法律を区別するもの
04/12/16 00:00

[21]あなたは寄留の他国人を苦しめてはならない。また、これをしえたげてはならない。あなたがたも、かつてエジプトの国で、寄留の他国人であったからである。
[22]あなたがたはすべて寡婦、または孤児を悩ましてはならない。
[23]もしあなたが彼らを悩まして、彼らがわたしにむかって叫ぶならば、わたしは必ずその叫びを聞くであろう。
[24]そしてわたしの怒りは燃えたち、つるぎをもってあなたがたを殺すであろう。あなたがたの妻は寡婦となり、あなたがたの子供たちは孤児となるであろう。
★読んで気がつきますように、社会的弱者と呼ばれている人たちを苦しめてはならないという規定です。特に注目したいのは「寡婦」や「孤児」が苦しみの中から「主にむかって叫ぶ」ような事態が起きた時の事です。この箇所の文脈から判断するなら、「寡婦」や「孤児」を苦しみに陥れているその者達の「妻」や「子供たち」が同じ位置に立たされることになるという点です。★この律法規定の適用は、社会における個人のレベルで考えることもできますが、当然為政者レベルで考えることが出来ます。もっと言えば、その国の法律が「寡婦」や「孤児」を苦しみに陥れるような場合も視野に入れることが出来ます。★聖書全体の啓示から判断するという大きな視点で捉えれば、旧約聖書の中に記された十戒や律法規定は、「創造主なる神」が定められた「法」ですから、ユダヤ人、異邦人の区別なく両者に対して普遍的に適用されている「法」なのです。★「立憲主義」という考え方が立つか倒れるかは、「創造主」という主権者の存在を認めるかどうかと深く繋がっています。