December 2018
“自分自身を生きない”という浪費はやめよう
30/12/18 00:00

ゆだねられた仕事をしている時はいつでも、
真心こめて行いなさい。
どれだけたくさんしたかではなく、
どれだけ忠実に、
していることに信仰をこめるか、です。
していることに違いはないのです。
ただ時々、私たちは忘れたり、
他の人を見て、人がしていることを
自分もしたいと思って時間を浪費します。
★主イェスが語られた「タラントの譬え」を思い起こしました。創造主なる神様は、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて下さっています。譬え話の中では、五タラントを渡された者は、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけました。二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけました。譬え話の主旨に沿えば、一タラントを渡された者も、同様にすればそれで良かったのです。★「人がしていることを自分もしたいと思って時間を浪費します」とは至言です。
クリスマスの時に私たちの心が向かうべき方向は「永遠」
23/12/18 00:00

忍耐して待ち望む心を目覚めさせていて下さる聖霊のお働き
16/12/18 00:00

[25]その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。[26]そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。
[36]また、アセル族のパヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。彼女は非常に年をとっていた。むすめ時代にとついで、七年間だけ夫と共に住み、[37]その後やもめぐらしをし、八十四歳になっていた。そして宮を離れずに夜も昼も断食と祈とをもって神に仕えていた。[38]この老女も、ちょうどそのとき近寄ってきて、神に感謝をささげ、そしてこの幼な子のことを、エルサレムの救を待ち望んでいるすべての人々に語りきかせた。
★記されているとおりアンナは84歳であります。文脈からシメオンも老人であったと考えられています。そうしますと、二人とも、高齢になるまで、神の民の救いのために祈り続け、メシヤの到来を待ち望んでいたことになります。★期限が明確でない状況の中で「待つ」ということはとても忍耐のいることです。しかし、この二人は、どんなに年老いても「目覚めていました」。もちろん「聖霊によって」という言葉がつくことでしょう。★それなら、わたしたちは年老いるまで、この主イェスの言葉に信頼しましょう。「あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。
「永遠の命を得る」という希望の大きさ
02/12/18 00:00
