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つぶやき

★今朝は、婦人祈祷会からのおすそ分けです。Ⅰコリント10章10節にこう記されています。「また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、『死の使』に滅ぼされた。」読んでの通り、恐れ多い御言葉です。★「つぶやいてはならない」という御言葉だけに焦点を当ててしまいますと、「えっ!」と息が一瞬止まりそうになります。そこで文脈を調べてみました。ここでいう「つぶやく」とは、キリスト者であれば、主イエスに向かって、究極、次のように語っていることと同じなのです。「主イエスが私を罪から救いだして下さったのは、私を滅びへと導くためなんだ。」★このような意味の「つぶやき」を口に上らせることはないかも知れませんが、確認は必要です。イスラエルの民の中のある者たちがこのようにつぶやいてしまったのは、苦難に直面した際に、「私はこんな試練に耐えられない」と断定し、主なる神様が与えてくださった「約束の時を待てない」状況においてでした。★それゆえ、使徒パウロは言います。「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」この御言葉をしっかりと握りしめて、今週も歩みたいと思います。
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