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主の懲らしめを憎まない

★箴言12章1節にこう記されています。(1)戒めを愛する人は知識を愛する、懲らしめを憎む者は愚かである。今朝は、後半部分です。「懲らしめを憎む者は愚かである。」★ここに語られている「懲らしめ」とは、平たく言いますと、「悪を行うことに懲りるようにと与えられる、何らかの制裁」という意味です。人間社会の中で言えば、「悪を行うことは、究極割に合わないことなのだ」という学習をしてもらうために、心理的であれ、肉体的であれ、痛い体験をしてもらうということです。★このことが分かりますと「懲らしめを憎む者」という意味がはっきりします。その意味する所は、「悪を行うことは、究極割に合わないことなのだ」という学習を拒否する者とか、学習することを喜ばない者という意味から始まり、最終的には、「懲らしめ」を与える相手を逆恨みをする者という意味にまで至るように思います。いずれにいたしましても「悪を行うことは、究極割に合わないことなのだ」という真理を学習しないことが「愚か」なのです。★箴言3章11,12節にこう語られていました。(11)わが子よ、主の懲らしめを軽んじてはならない、その戒めをきらってはならない。(12)主は、愛する者を、戒められるからである、あたかも父がその愛する子を戒めるように。今日の文脈に立つなら、この箴言の目指している所も同じと考えられます。私たちを愛してくださる創造主なる神様は、その愛の眼差しをもって私たちを見ていて下さり、もし私たちが悪の道に向かっているなら、主は、私たちに対して「懲らしめ」を与えてくださるということです。これは感謝なことなのです。
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