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黄金律を読み解く一つの試案


★今日は「黄金律」と呼ばれる言葉です。「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。」★文頭に「だから」とあります。これは先の言葉「あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。」を受けています。★前回、この御言葉はキリスト者に対して救いの確実さを保証する言葉となる、と読み解きました。そこで黄金律も同じ文脈で考えます。そうしますと、創造の御業の完成である神の国に至りつつある自分が「何事でも人々からしてほしいと望むことを人々にもそのとおりにせよ。」となります。★このように考えますと、キリスト者が「人々にもそのとおりにする(仕える)」とは、「創造の御業の完成である神の国に“共に”至るために仕える」となります。この場合、神の国に至るとは、狭い意味の救いだけを考えていません。それでは福音の提示(伝道)だけになってしまいます。聖書の啓示で言えば、「神の国に至る」とは創造の御業の完成という視点が同時にあります。ですから、キリスト者は「被造世界の管理」という文脈で「人々にもそのとおりにする(仕える)」を考えることになります。この視点から言えば、キリスト者はより鮮明に「愛をもって仕える」という働きを担うことになります。「律法と預言者」が啓示しているのは伝道と社会的責任の二つです。
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