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主の御目が注がれている先にあるもの

★箴言12章10節にこう記されています。まずは口語訳です。(10)正しい人はその家畜の命を顧みる、悪しき者は残忍をもって、あわれみとする。続けて新改訳です。(10)正しい者は、自分の家畜のいのちに気を配る。悪者のあわれみは、残忍である。最後に新共同訳です。(10)神に従う人は家畜の求めるものすら知っている。神に逆らう者は同情すら残酷だ。★この箴言から分かりますのは「正しい人・神に従う人」は、「自分の家畜のいのちに気を配る」ということです。とは言え、ここから、一気に動物愛護のキャンペーンをはるつもりはありません。もしそれを言うなら、主なる神様が、ノアの箱船につがいの動物達を乗船させたことに基づいた方が説得力があります。それはそれとしまして、対比されていますのは「悪しき者、神に逆らう者」の「残忍さ」です。そうしますと、この10節から考えれば、「家畜のいのち」をどう扱うのかという点でその「残忍さ」がはかられているということです。★ここからが思索の要点です。10節の内容は、次のように言い換えることができないでしょうか。「正しい人・神に従う人」は、人間の命に気を配るだけでなく、自分の家畜の命に対しても気を配るのです。悪しき者は、その逆です。人間の命に対してはもちろんのこと、自分の家畜の命に対してすら残酷なのです。★わたしたちは、「家畜のいのち」をどう扱うのでしょうか、「人間の命」をどう扱うのでしょうか。そこに、見えてくるものに対して、主なる神様の御目が注がれています。
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