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「霊(=キリストの霊)によってからだの働きを殺す」ことが「愛」の始まり

★パウロがローマ8章17節で語っている言葉「もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。」の中にある「キリストと…苦難をも共にしている」とは、12節、13節の言葉「兄弟たちよ。わたしたちは、果すべき責任を負っている者であるが、肉に従って生きる責任を肉に対して負っているのではない。…霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。」を受けていると解釈しました。つまり「キリストと…苦難をも共にしている」とは「霊(=キリストの霊)によってからだの働きを殺す」ことを意味しています。★「からだの働きを殺す」というこの表現から「キリストと…苦難をも共にしている」という言葉の中にある「苦難」の持つ重さが、私たちキリスト者には理解出来るのではないでしょうか。★パウロは、第一コリント第13章で、次のように語り出しました。
[01]たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。
[02]たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
[03]たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
★この言葉は霊(=キリストの霊)によってからだの働きを殺す」ことへの導入の言葉です。
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